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Ryuta Izumoto - My Blog
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タイガーマスク現象から感じた3つのこと

I Love big cat!!!!!
I Love big cat!!!!! / *yasuhiro


最近メディアを賑わせているタイガーマスク現象という、匿名の寄付行動があります。



寄付:タイガーマスク現象、全都道府県で確認 流行に便乗、充実感/英雄の名借り行動(毎日新聞)

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110112dde041040056000c.html




これに関しては、私自身なんとも言えない気持ち悪さを感じていたのですが、何が気持ち悪いのかが見えていませんでした。



先日、友人の「梅ちゃん」がタイガーマスク現象についてBLOG記事を書いているのを見て「ほお!」と納得するところがありました。



「タイガーマスク現象」の先に、子どもたちが本当に必要としているモノとは



今回はタイガーマスク現象について大きく3つの事を書きます。



1:タイガーマスク現象への感想

2:梅ちゃんの実体験と思い

3:こういったサービスが生まれた



1:タイガーマスク現象への感想





児童福祉施設への匿名寄付行為において、マンガのキャラクターである「タイガーマスク(伊達直人)」を利用したという話なのですが、これがメディアに取り上げられると、ブームのように一気に日本中にタイガーマスクが現れたという流れ。なので「現象」と呼ばれているのだと思います。



寄付をすること、匿名で行うこと、キャラクターを名乗ること、問題は無く、その個人の意図で行われているのでしょう。その意図の中には、匿名でないといけない理由があるはずです。なので匿名だけだと人格が見えないので気持ち悪いと思ったのでしょうね。キャラクターの名を借りた。



この構図の中では、おそらく施設が困っている状況を知っていて、匿名にする必要があり、人格を表現するキャラクターを使った。という流れを推測しています。



これが最初だったのかもしれません。その後、あちこちでタイガーマスクが生まれていった訳です。



私は、特にその後のタイガーマスク「現象」に何か、変な感じを受けました。



・本当に施設の皆さんの悩みを解消できる行為なのだろうか?



ここが気になって気になって仕方がなかったのです。



簡単にいえば、施設が何に困っているのかを知らずに金品を贈るという振る舞いに感じてしまうのでした。

(本当にそうなのかどうかは知る由もないですが、メディア報道を見る限りそのような感覚で見てしまいます)



話は少しそれますが対人援助職という視点についてお話しします。



対人援助職とはカウンセラーやトレーナー、コーチ等 人を助ける職業の事を言います。



例えば心の病になった人がカウンセラーのカウンセリング行為を受ける場合、カウンセラー側は専門技術を提供する役割で関わります、心の病の人はクライアントとして関わります。なのでこの二人の構図は専門職とクライアントという関係性になります。



一方、心のことを扱うので、専門職とクライアントという構図の中では無理が生じます。それは人間同士のつながり、関係性と言えます。カウンセラーは自分が専門職であり「優位」に立つと自覚していて、その「優位」が心に大きな影響をあたえることも知っているのです。なので「優位」に見える振る舞いや行為を排除し、自分も相手と等身大になろうとする関わりも必要なケースがあります。等身大で同じ人間として関わってくれるから心を開く。



エドガー・H・シャイン氏の書籍

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則



この本によれば、日常の家庭内でも「助ける側」と「助けられる側」の構図にはワンアップ、ワンダウンという概念が生じるそうです。どうして助ける側が優位になる。助けられる側が弱くなる。これ自体が善い悪いではなく、構図として「発生してしまう関係性」です。



寄付という行為自体が「優位」という構図を発生させてしまうのです。同じく寄付を受ける側は弱いという構図になる。



スマナサーラ長老の書籍

「やさしい」って、どういうこと?



この本ではやさしいという概念について突き詰めています。また寄付やボランティアなどは、究極のエゴであると一刀両断しています。自分のエゴ・欲求を満たすという自覚があればよいのですが、それさえも認識できず「相手を喜ばせる」ことに夢中になることをスマナサーラ長老は諌めています。



エドガー・H・シャイン氏にしてもスマナサーラ長老にしても、助ける/助けられるという構図には、対等性は無く、強い・上位・優位などという構図が生まれ、助ける側のエゴを満たすという行為になるという概念です。



では、寄付はいけないのか?



私は、そうは思いません。今回のタイガーマスク現象の本質には素晴らしい気持ちや思いが込められていると思います。ただ、思いを行動化するときに少し違った表現をしてしまった可能性はあると思います。



紹介した二つの書籍の本質でもありますが大切なのは「関係性構築をどのように扱うか?」なのです。



私はコーチでありコーチングのトレーニングを受けています。関係性における対等や優位などの不均衡な状態に対しては敏感になるような教育を受けています。なので今回のタイガーマスク現象が気になってしまったのです。



じゃどうすればいいのか?



2:梅ちゃんの実体験と思い





再度、紹介します。梅ちゃんのブログです。

「タイガーマスク現象」の先に、子どもたちが本当に必要としているモノとは



じっくり読んでみてください。



何をすればいいのか?



その前に何を感じればいいのか?



ここに答えがある気がします。



引用します



「タイガーマスク現象」は、そういった児童養護の子どもの存在に焦点を当てる大きな第一歩となりました。



その上で、人生の一部を施設という環境の中で過ごす子どもたちのために何かがしたいと思って下さるのであれば。



「かわいそうな子どもに贈るモノ」



から一歩踏み出し、ご自身に何ができるのかを、身近な児童養護施設に直接お尋ねになってみてはいかがでしょうか?



最近は、私の勤めていた施設でもあたたかい関わりをして下さる方が増えてクリスマス会などに参加するとみなさんのあたたかい親バカビームに、涙が止まらないことがあります。



みなさんの力を必要としている子どもは、たくさんいます。



ぜひ、子どもたちに寄り添った



息の長いアクションをお願いいたします。





そうですね。

私が感じていた何かは、そこに「本当に興味を向けていれば、何をすればいいのかがわかるはず」という事です。

その上で匿名でランドセルを贈ることがいいならば、それでOKですし、実名でお金を贈るのがいいことならば、それでOK、贈るものはないけど定期的に子供たちとお話をするのがいいことならば、それもOKだと思います。



本当の興味があるのか、どうか、それがタイガーマスク現象の根底に存在するかもしれません。





しかしタイガーマスク現象は、これで終わりません!



3:こういったサービスが生まれた





お願いタイガー

http://onegaitiger.com/




こんなWebサービスが立ち上がりました。

特に「運営者の想い」を読んでみてください。



評論的ではない、実際にアクションとして一歩を踏み出されている方もいます。



これこそ技術と熱意による社会変革のひとつなのかもしれません。



私が感じたのは「受け取る側」と「贈る側」がしっかりと関係性を結べる「場」づくりであるということです。

「場」があるから関係性が築けるのです。



運営者の方の熱意に感謝です。



ぜひ、このお願いタイガー

http://onegaitiger.com/
を広めていただけますようお願いいたします。





JUGEMテーマ:ニュース




January 28, 2011 | 2:01 AM Comments  0 comments

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1・17の物語 #19950117

今年も、1月17日はやってきた。



16年も経とうとしている。



最近、思うこと



私自身も16年の流れの中、記憶がデータ化していること。



データ化とはなにか?



事象の断片である。



つまり、臨場感も物語もない、データ、という意味である。





記憶には、臨場感と物語があり、それを表現するからこそ、伝わっていく。



事象の断片=データでは、何も伝わらない。誰かの知識が増えるだけで、いずれ記憶の海に消えてゆく。



臨場感と物語は、いつまでも人間の記憶ではなく心に残る。



生き物として心に残る。





あの時の神戸の記憶。



メディアの扱われ方にしても、データ化は進んでいる気がする。



物語が語られないまま、数字や事象だけが資料として紹介されている。



あの時の神戸の人たちの臨場感と物語は、みんなの心のなかにある。





あらためて私の中の臨場感と物語を見つめてみたい。

































JUGEMテーマ:日記・一般




January 16, 2011 | 11:01 AM Comments  0 comments

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2011雑感 その2

current
current / OiMax






関西への帰省は自動車を利用した。

もともと月に何度かは、関西までの500kmの往復を車で移動しているので、とくに負担でもないのだが、あらためて環境の変化について目についたことがある。



高速道路での事象がこの10年ぐらいで様変わりしているのだ。



トラックの均質化





長距離を走る大型トラックの、速度コントロールが均一的になってきている。これはデジタコの導入で燃費走行をしているからと思われる。加えてドライバーの人事評価もこのデジタコによって導きだされる仕組みもあって、運転を会社から監視されているに等しい。



これは悪いことではなく、高速道路に一定の秩序が生まれるのである。

明らかに違う速度差での集団走行より、誤差の範囲内で集団走行の方がお互いに先読みしやすいので心理的披露も少ないと思う。



ただし、個人経営のトラックは別で、特に鮮魚系やクズ鉄系のトラックは、傍若無人に右に左に車を縫う様にカッ飛んでいる。でもいずれはコスト競争に勝てず、デジタコによる燃費運転という潮流に飲み込まれていくのだろう。





一般の乗用車はどうか?





実は、逆の動きになってきているのが面白いというか憂鬱でもある。



このところのHV車(いわゆるプリウス)が非常に多いのだけれども、一定の割合でカッ飛んでいくHVが増えてきた。尋常ではない速度なので法定速度の1.5倍〜1.8倍ぐらいで猛進している。このようなHV車が1時間に1〜2台は追越車線を飛んでいくのだ。私の車との速度差50〜70km/hぐらいだろうか、とても肝を冷やす。



昔はドイツのセダンやスポーツ車がそのような速度で飛んていたけど、今はもう、そのようなドイツ車は高速道路では見かけない。おそらくゴルフに行く早朝の時間帯ぐらいしか見ないのではないか?

東京や阪神間の都市部では、昔より多く走っているのに・・・だ。

高価格車で飛ぶように走る人が減っていると感じる。そのかわりHV車で飛んでいる車が激増している。

私の感覚からすれば、そもそものHV車の成り立ちと、振る舞いがマッチしないのだが。どちらにせよHV車のサスペンションセッテイングとタイヤの性能は燃費向上が目的なので、通常より止まらない、曲がらない、のだから、こちらとしては恐怖である。運転初心者でも飛ばせるようにドイツ車の方が高速性能や能動&受動的な安全性能は考えられているのと比べると、ほんとうに恐怖である。





高速道路のSAが楽しい





ここ数年でSA(サービスエリア)の設備が格段に改善されている。おみやげとか食事だけでなく入浴できたりもする。スターバックスやタリーズも店舗を構えていて、時代の流れを感じる。

あまり買い物はしないけど休憩のたびにお店のメニューを見たりして楽しんでいる。その土地らしいメニューがあるのも面白い。

後はトイレが軒並みキレイなこと。SA内をブラブラしながら気分転換するもよし。



PAのこじんまりとした感じも良いけど、わくわくしながらSAに吸い込まれていくのも旅の醍醐味ではある。







JUGEMテーマ:車/バイク




January 11, 2011 | 12:01 PM Comments  0 comments

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2011雑感 その1

Mt.Fuji & 777-200Mt.Fuji & 777-200 / kanegen



年末年始は、事情があってずっと病院通いをしていた。家族が入院していたので、毎日通っていた。



不謹慎ではあるが、年賀状を出せるかどうか?という判断もあったぐらいの状況だった。

(いっそのこと年賀状の呪縛から自分を解き放ち、今頃になって返事をだそうとしているのだが)



病院と言ってもキリスト教の資本が入っている病院なので、どことなく医師、看護師の方など、病院内で接する方のコミュニケーションスタイルは独特でシンプルで、優しさにあふれていた。



人を患者ではなく、人として関わっている。そんな印象を持ったのだ。



牧師さんが部屋にやってきたり、合唱隊やギターを持った方がクリスマスの賛美歌や、コブクロまで熱唱する(笑)粋な計らいで病院内の雰囲気もとても家庭的な感じになっていた。人間が安らぐ場所となっていたのだ。



また、たまたまなのだがこの病院の近くにテーラーワーダ仏教の施設があって、もともと私自身がスマナサーラ長老の考えに興味があったので、その施設を訪ねてみた。



もちろんスマナサーラ長老はいらっしゃらなかったが、施設の方に、とても丁寧に施設の成り立ちや行事などの説明をしていただいた。なんというか、いわゆる日本の神社、寺院とは雰囲気の違った、人間同士の関わりが全面に出ている仕組みと雰囲気であった。



今まで宗教というものには、無頓着ではあったのだが、このように信仰心に立脚した関わり方を大切にされる人たちと触れ合った経験は、新鮮なものだった。





人間が生きていく人生という時間の中で、宗教に触れる季節があっても良いのかなと感じた。



何か人生をかけて、とか死ぬまで、とかそういった重荷になる思考は、私の感覚からすれば呪縛に近いと感じる。(決してそれが善か?悪か?という意味ではない)そこまで深く思わなくとも、ある時期にそういった考えを自分ごととして捉えてみるのは人生が味わい深くなる気がした、



何か「本質的な人との関わり、自分との関わりを重要とする考え」を大切にしている人たちとのふれあいは人間に勇気を与える気がした。



病気になっている家族も、そういった関わりの中で、勇気が湧き出ているように見える。



権威、しきたり、位、といった宗教独特の価値観もあるのだけど、それはたぶん余計なものなんだろうなと感じた。







人間を人間としてみる。



お客様ではない、部下でもない、上司でもない、患者でもない、医師でもない、専門家でも先生でもない。

私の身の回りや社会で起こっている何か変なこと。それは人間を人間として見ていないことから始まっていると感じた。私自身も含め。











人間を人間としてみる。

2010年の年末に深く深く意識の中に積もった感覚だった。









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January 11, 2011 | 12:01 PM Comments  0 comments

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[映画]ミックマック(Micmacs à tire-larigot)

ミックマック(Micmacs à tire-larigot)



久しぶりのフランス映画でした。



監督はジャン=ピエール・ジュネ。あの「アメリ」「エイリアン4」等の監督さんです。

私としては「アメリ」より「エイリアン4」の方が好みなのですが、一般的には「アメリ」が高評価ですね。





ストーリーはサイトで見ていただくとして、この映画はおとぎ話またはファンタジーとして見ると面白いと思います。



コメディ映画という説明もあり、とはいえ実際に爆笑するようなこともなく、フランス映画らしい笑いが散りばめられています。見ている側の解釈で笑いにも驚きにもなるフランス独特の雰囲気があります。



映像が素敵。

ビビッドな色彩と、ちょっとこだわったアングルとが活き活きとした躍動感を表現しています。

ジャン=ピエール・ジュネ氏の世界ですね。



キャラクターが素敵。

ジャン=ピエール・ジュネ氏は、どちらかというと変わり者、曲者を中心に物語を描きますよね。

ミックマックでも、豊かな感性と愛情をいっぱいに表現する「変な人達」が登場します。

(このあたりはエイリアン4でもモチーフになっていましたね)



権威とマネーとハイテクを好む企業経営者と、人生の誇りと悲しみと怒りと、そしてちょぴりのアイロニーを抱えて生きるホームレスの人達との戦い、という構図が、この映画の真骨頂です。



人に言えない変な事・悪い事を、黙って隠しておくのか? それとも家族や友人だからこそ共有するのか? この辺のテーマも深く流れているのかなと感じました。



最後には、ハッと現実に戻され、心を締め付けられる場面も用意されていて、少し風刺の要素もあるように思えました。



まぁ、お気楽に難しく考えず、映画を楽しむこと。これこそが、この映画が伝えたい事なのかもしれません。














January 11, 2011 | 10:01 AM Comments  0 comments

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